2007/06/24

久しぶりの家具

まとまった雨で今夜はカエルの合唱が聞けると思ったら、かいもく聞こえない。今年はかわいそうに繁殖できなかったのだろうか。

もう10ケ月ほど家具作りから遠ざかっている。ある種の禁断症状もチラホラと出かけたが、きょうはキャビネットのデザインで一日過ごした。例によって気の遠くなるほどお待たせしている品物である。
幅が1700mmもあるけっこうな大物。家具の場合は設計が出来たらもう7割ぐらいは進行したようなもの。逆に言えば細部まで完全につまるまでかなり時間を要する。
同じものは二度と作らないのだが、木組み方法や扉の意匠などは前作をおおいに参考にする。

ソファーにふんぞり返ってノートパソコンを膝においてマウスやキーを操作する。のべつ音楽がかかっている。
時々メールが入ったり、ネコがパソコンのキーボードを踏んだり、電話が鳴ったりといろいろ起きるが、ゆったりと楽しい時間である。
アイデアに行き詰ったときはパソコンを閉じてそのままネコと居眠り・・・

デザインができたらお客さんにメールで送ってみてもらう。3DのCADなので木目のテクスチュァーを貼ればそれなりにイメージをつかみやすいと思って、いつもそうする。

ちなみにこのキャビネット、製作は9月である。

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2007/06/22

飽きの来ないギター演奏

例えばダイニングテーブル。
天板が見事な杢の出たケヤキとか最高級のローズウッド、そんなに高級材でなくても杉やブビンガのこれでもかという分厚い一枚板だったり、はたまた材はともかく「芸術的な」デザインの食卓・・・・・・そんなのがもし我家にあったとして・・・・・

1回目の食事は感激しておいしくいただくことだろう。でも3回目以降はもうこれ以上食事したくないと思うだろう。鬱陶しい(うっとうしい)からだ。ヴェルサイユ宮殿の中で実際に一生寝泊りするのと似ている。
食卓とは、座敷に置く調度品とか置物、楽器、ブローチ、あるいはスピーカーみたいなものとは違う。これが
私の適材適所。

最近好きなギターのCDがある。もちろん真剣に鑑賞してもいいが、失礼ながらBGMとしてもバッチ・グー(古い?)だ。
ダイニングテーブルで言えば目の通ったミズナラの柾目材というところか。決してハデさはないが本質的な性能は優秀、余計なことは一切語らずそのくせ品があっておまけにこのうえなく頑丈。これなら間違いなく一生食事が出来る。

と、かなり前置きが長くなったが、そのCDとは田中順子の「甘い檸檬」。
最初はさほどでもなかったが、だんだん良くなってきた。そして今やCDなのに擦り切れるかと思うほど聞いている。

詳細はまたそのうち。
2007/06/17

塗装日和

梅雨前線が大陸の空気に追いやられて快晴。気温は高いがカラっとしている。予報によるとしばらく続きそうだということで、ハープの塗装にはいった。このハープで4台めである。

今回もセラックニスの前にサンディングシーラーで均すことにした。ラッカー用のシーラーを使うが、セラックとの接着性には問題がないことを確認している。
マホガニー材はローズなどに比べると導管が細い。なのでシーラーだけの目止めでおおかた埋まってしまう。完璧を望むときはやはりパミスとセラックでこするとかフィラーを使うとかするのがいいと思うが、ポリウレタンのフォークギターのように完全にツルツルにすると、もはや木ではないように感じるのであまり好きではない。

朝に塗れば3時ごろにはもうサンディングがかけられる。冬季とは大違いだ。木地が見えるまでサンディングしてまたシーラーをかける。木地調整のとき#600でサンディングしてあるのでシーラーは2回でOK。
そのあとはセラックニスを何度かハケ塗りして、数日後に研いでからタンポ摺り(フレンチポリッシング)ということで、ギターとはやりかたがずいぶん違う。

今回は内部構造もすこしいじってみた。塗装前のタッピング(指で叩いて音を聞くこと)ではブーンといううなり声も混じったりしてなかなかよく響いている。

2007/06/15

やっとはじめました エスパニョール

スペイン訪問まであと1月ちょっと。あまり早く始めても忘れるだけと自分に言い訳していたが、ここにきてようやく始めた。
教材はTVとラジオのスペイン語講座で、実は4月に新学期がスタートしてからずっと録っていた。一応テキストも買ってある。
最初はワケがわからないので受け入れがたいものがあったが、ちょっとルールみたいなのがわかってくると結構面白い。英語やドイツ語より発音が日本人向きのようだし、ローマ字ふうの読み方とアクセントの位置が例外なく規則的なのがいい。

ひたすら反復して覚えるしかない。
ちょうど、ややこしくて長い曲を暗譜で吹くことに似ている。ギターなら運指まで完全にそらんじている状態か。
しかし、記憶力はもちろんのこと記憶領域も乏しいようでなかなか脳の中に留まらないようだ・・・

「がんばる」とか「がんばれ」ということばは普段は口にしないのだが、今回はホセ・ロマニリョス氏とスペイン語でお話ししたいという目標、いや夢があるので ・・・・ がんばりま~す。
2007/06/12

音に感動

ヒトは視覚もすごいが、聴覚もすごい。

鼓膜で感知した音波が何らかの信号に変換されて脳細胞に伝わる。
そしてその音波の種類によって実に様々な対応がなされる。ここがすごいところだ。
ネタが大きすぎるので楽器の音やヒトの声に絞ってみる。

音叉の440Hzを聞いてもあまり感動しないが、楽器のきれいな音なら「ラ」の音だけで涙が出るほど感動しうる。
もちろん人それぞれで、私は涙が出てもこなたの人は甚だご機嫌が悪くなることもあろう。
例えば胸のすくようなトランペットのハイトーンや、ジェームズ・ゴールウェイのフルート。ユーフォニウムも名手の音を聞くと熱いものがこみ上げてくる。工房で吹く自分のアルトサックスもどうかすると・・・。
こうしてみると吹奏楽器が多い。体の中から音を出すのが関係してるかも知れない。バイオリンやピアノでは残念ながら単音では自分の場合涙は出ない。吹奏楽器でもクラリネットやオーボエはちょっと。

物理的には倍音成分とか発音時のノイズとかまたビブラートの具合とかいろいろあって、ヒトが「気持ちいい」と感じた音波について、周波数解析など駆使すればある程度探ることは可能かも知れない。
しかしどういう因果で「気持ちいい」あるいは「気持ち悪い」と脳細胞が答えを出すのか? それは何のためにそう反応する必要があるのか。実に神秘的だ。

さてギター、
 「あぁ、綺麗な音!」と思うことが多々ある。生で聞くと音量とか音の伝わり方もいっしょに情報として入ってくるのだが、感動に関してはこれらも音質の輪の中に入っているのである。
ギターに関しては、自分が作者であるためか涙腺とは違うところを刺激するようだ。

 最近感動した音波 : アンナ・ネトレプコの声、特に最高音域

2007/06/06

古きよきアメリカ語

夏に海外へ行くのでやおら英会話をはじめた。といってもラジオやテレビでちょっと気にして聴取している程度だ。今のUSAで話されていることばは、特に話し方において自分たちが中学から習ってきたEnglishとはまったく別の言語に聞こえる。それも大統領のスピーチだけではなく、大手局のキャスターも、キャメXX・ディアXもで同じである。

ベランメエ調にまくし立てるその弁舌は、他国人には(英国人でも)決して真似が出来まいだろうという、ある種の優越感を伴って聞こえる。俺たちのは違うといいたげだ。まあ流行もあるのだろうが。

ところが先日、若かりしジョン・ウエインの主演する映画を何本か見たところ、「よくわかる」のだ。単語ひとつづつきっちり発音していて、自分でも聞き取れるのである。どの出演者も決して今のようなしゃべり方をしない。
あの時代のアメリカ語はあんな風だったのだろうか。それとも時代考証もはいっているのだろうか。

あのころのことばに戻ってほしいものだ。そうすれば世界のいさかいもなくなるかも。
2007/06/02

引き出しが開かない

というクレームがきていたので、きょう様子をみてきた。
ちょうど一年前にお作りしたミズナラの5段チェスト(洋ダンス)。

最上段と最下段はスムーズなのだが、まんなかの3つが固い。
点検の結果、どうやら引き出し内部の側板が膨張しているようだ。
この材は、レッドアルダーという輸入材。現地でガンガンに人工乾燥して入ってくるので、日本で使うとどうしても膨らむ傾向があるようだ。実は以前にも同じ経験をしている。
もちろん収納物の重みによる各部の変形も中段では影響を受けやすい。

引き出し(業界では『抽斗』と書く)は、開閉するときの「えもいわれぬ」気持ち良さが命と思っているのと、悲しい性格も手伝ってどうしてもキチキチに仕上げてしまう。

しかし道具として使えないようでは、零点である。
大いに反省。これからの季節も見据えて多めにカンナがけしてきた。

結果、開閉の道中では少しガタを感じるようになった。
でもミズナラの前板(鏡板)は削っていないので、閉めたときのガタは皆無のままである。